中山哲也(トラスコ中山社長)の経歴や生い立ちが壮絶!嫁や子供・家族構成は?

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トラスコ中山(株)の中山哲也社長は、常識破りの戦略で日本のものづくりを支える革命児と言われています。

いったいどんな方なのでしょうか。

そこで今回は、トラスコ中山の中山哲也社長の経歴や生い立ちが壮絶、嫁や子供・家族構成も調査しました。

目次

中山哲也のプロフィール

出典:Yahoo!

・名前:中山哲也(なかやま てつや)
・生年月日:1958年12月24日
・年齢:65歳
・出身地:大阪府
・職業:トラスコ中山(株)代表取締役社長

中山哲也氏は、大阪府生まれの65歳です。

機械工具商社のトラスコ中山株式会社の代表取締役社長です。

中山哲也の生い立ちが壮絶!

中山哲也が視力を失う!

中山哲也氏の父親は、中山注次さんという方で、「トラスコ中山」の前身である「中山機商会」の創業者です。

中山哲也氏は、自身について次のように語っています。

私は生まれるとき、鉗子分娩で視神経が傷つき、右目の視力を失って生まれてきました。そんな私の将来の働き口として、当時会社員だった父が創業したのが中山機工商会(トラスコ中山株式会社の前身)なんです。

引用元:KindaiPicks

父親の決断力が凄い!

中山哲也氏の父の注次さんは、右目の視力がない息子のために会社員を辞め、息子が働き口に困らないようにと、自ら会社を立ち上げたわけです。

注次さんの息子を想う気持ちと意志の強さには、心を奪われるものがありますね。

そして、父・注次さんの目論見通り、息子は大学卒業と同時に父の中山機工に入社しました。

父親もホッとしたでしょうね。

それにしてもここまで子供のためにすべてをかけて、起業に踏み切った注次さんの決断力には頭が下がる思いです。

福祉施設は母親がきっかけ!

中山哲也氏は「中山視覚福祉財団」という、視覚障碍者のための福祉施設を立ち上げていますが、設立のきっかけとなったのは、母親・清子さんの意志だったそうです。

中山視覚福祉財団は、鉗子分娩によって視神経を損傷して生まれた当社 代表取締役社長 中山哲也(当財団理事長)の母清子の「目の不自由な方々のお役に立ちたい」という遺志を受け、1997年に設立しました。

引用元:TRUSCO

中山哲也氏の母・清子さんも生まれながらにして視神経を損傷した息子のために、乾物屋を開いて中山機工の開業資金を貯めていたそうです。

本当に心温まる親子愛ですね。

中山哲也の経歴・学歴

中山哲也氏の出身大学は、近畿大学商学部です。

中山氏は、大学卒業後に中山機工(現 トラスコ中山)に入社し、常務取締役、専務取締役を経て1994年から現職の社長に就任しています。

また、視覚障害者を支援する「公益財団法人中山視覚障害者福祉財団」を設立し、現在、理事長を務めて社会貢献活動にも取り組んでいます。

中山氏は、常識破りの戦略で、ニッポンのものづくりを支える革命児と言われています。

トラスコ中山(株)は、工業用副資材を販売する会社で、「在庫はとことん持つ!」「ネジ一本でも配達する!」など、独自の戦略で売上高も自身が社長になった30年前から3倍以上もアップしているという。

業界の当たり前に左右されず、「取捨善択」「唯一無似」など、独自の経営哲学で突き進み、驚異の躍進を遂げています。

中山哲也の嫁や子供・家族構成は?

中山哲也氏の家族構成は、妻の優子さんと娘2人(沙織さん・梨絵さん)の4人家族です。

・本人:哲也さん
・妻:優子さん
・娘:沙織さん
・娘:梨絵さん

中山哲也の嫁

中山哲也氏の奥さんは、「優子さん」という方です。

奥さんは、中山視覚障碍者福祉財団の評議員であり、株式会社NSホールディングス(新潟県の日産自動車の正規ディーラー)の代表取締役です。

中山哲也の娘・沙織

中山哲也氏の娘・沙織さんは、中山視覚障碍者福祉財団の専務理事、そして株式会社NRホールディングスの代表取締役で公認会計士でもあります。

中山哲也の娘・梨絵

中山哲也氏の娘・梨絵さんは、中山視覚障碍者福祉財団の評議員であり、慶應義塾大学大学院 医学研究科 博士課程 耳鼻咽喉科 助教授です。

中山哲也の経歴まとめ

今回は、トラスコ中山の中山哲也社長の経歴やプロフィール、そして、嫁や子供・家族構成も見てきました。

中山哲也氏は、近畿大学卒業後にトラスコ中山の前身である中山機工に入社し、常識破りの経営手腕で売り上げを伸ばしてきました。

哲也氏は、生まれながらにして右目の視力を無くしてしましましたが、両親が大きな決断の下に起業した会社をさらに伸ばすことに成功しました。

中山哲也氏の経営手腕も素晴らしいですが、家族愛も素敵ですね。

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